普通選挙などを勉強をしました。政党内閣制が軌道にのったのは1924年のことでした。この年、貴族院の勢力による内閣が成立すると立憲政友会、憲政会、革新倶楽部が結束をかためて内閣の打倒と政党内閣の樹立をめざす護憲運動を開始しました。これを第二次護憲運動とよんでいます。議会が解散となり総選挙が実施されると護憲三派が圧勝し、第一党の憲政会総裁加藤高明が三派による連立内閣を組織しました。加藤内閣は外交面では協調外交と軍縮を推進し、内政面では最大の懸案であった男性普通選挙の実現に取り組みました。そのころ、欧米先進諸国では男性の普通選挙が行われていましたが、日本では原内閣の時代から普通運動が労働・社会運動と結びついて急速なもりあがりを見せていました。加藤内閣はこれを受け、1925年にいわゆる普通選挙法を成立させました。これによって満25歳以上の男性は選挙権を持つこととなり、有権者はいっきょに4倍に増えました。セリジエの店舗